Median Survival(生存期間中央値) メディアンとは統計でいう「中央値」のことです。9人の身長を測るとき丁度真ん中にあたる5番目の人の身長が中央値になります。Median Survival Time(MST)というと、治療を受けた集団の中で生存している人の割合が丁度50%になる期間をいいます。9名の方が治療を受け治療後再発等で既に4名亡くなり、その後5番目の方が亡くなった時、その5番目の方が治療開始から亡くなるまでの生存した期間がMSTとなります。MST12ヶ月といえば、患者さんたちに治療を行って12ヶ月経過すると半分の方は亡くなるということを意味します。
ここまで、治療の効果を判断するときの尺度、効果測定の指標についてみてきましたが、こうした指標を見るより所となっているのが「科学的エビデンス」という考え方です。治療の効果について調べているとよく出会う言葉のはずです。医療の世界では、特定の薬や治療の有効性を証明する際にEvidence Based Medicine (EBM) (「科学的根拠に基づく医療」)の考え方に基づいた研究や試験を行うのが当然と考えられています。がんの治療についても、統計的処理の手順をきちんと踏んで、治療を行ったグループと行っていないグループの治療結果の差が統計的に有意であれば、科学的エビデンスに基づいて有効性が証明されたものとして取り扱っています。
言い換えると、生存率等は治療結果の差をみる時の指標に使うものであり、そうした指標を有効性判断のより所として治療の安全性や有効性を示すために臨床研究や臨床試験を行うことが、EBMに基づいた活動であるといえるのです。
ところが、多くの先進国で採用・普及しているエビデンスでありながら、日本で殆ど意識されていないものがあります。それが「経済的エビデンス」です。英国、オーストラリア、カナダ等ではこの考え方を科学的エビデンスと同様重視しています。最近では、韓国でも経済的エビデンスを本格的に採用しました。
英国を例にとると、The National Institute for Clinical Excellence (NICE) と呼ばれる国立の研究所があって、科学的エビデンスに経済的エビデンスを加えて、総合的評価を行ったうえで公的保険を適用するかどうかを判断しています。オーストラリアでは、The Pharmaceutical Benefits Advisory Committee (PBAC) という政府と独立した組織が、英国のNICEと同じ役割を果たしています。
NICEの下した最近(2008年6月末)の興味深い判断として、ベバシズマブ(商品名「アバスチン」)に関する評価があります。ベバシズマブのパクリタキセル(抗がん剤の名称)との併用による転移性乳がん治療への適用について、NICEより製造元の製薬会社にエビデンスの提出を求めたところ、それが得られなかったので、NICEでは公的保険の適用を推奨しないという判断を示したのです。
英国では、この治療について、科学的エビデンスという観点からの評価はともかく、費用対効果というか点から公的保険(英国では、公的医療費は保険ではなくすべて税金でまかなわれます)を使う根拠が見出せないという判断を与えたことになります。同じ薬について、米国では2008年2月にFDAの承認を得ています。承認を得た製薬会社の発表では、年間の薬剤費が8万4千ドル(約9百万円)とのことです(臨床試験の結果は、本サイトの「乳がんの抗がん剤治療」の最後にお示ししています)。最も、米国でも薬や治療方法の有効性はFDAで審査しますが、それに保険を使うかどうかは民間の保険組織(米国では高齢者や収入の低い方の保険以外は一般にHMOと呼ばれる民間保険でカバーしていると考えてかまいません)が判断します。民間の保険組織ですから費用対効果の判断について、薬学研究者により作成された評価指針であるAMCP(the Academy of Managed Care Pharmacy)Formatに基づき、政府よりも厳しい目をもって臨みます。そのため、FDAで科学的エビデンスありと認めてもHMOが認めるかどうかは別ものであり、この治療が保険の対象になるかどうか、英国同様ハードルは高いと思われます。