■乳がんの治療選択肢
乳がんの治療では切除手術を基本としつつ、できる限り切除範囲を小さくする工夫がなされています。再発予防のための放射線治療や抗がん剤治療を含めた集学的な治療が普及し、患者さんの選択肢も広がっています。最近では、手術の前に抗がん剤でがんの腫瘍を小さくしておいてから、切除する範囲を小さくする治療も普及し始めています。
乳がんは、その多くは女性ホルモンのエストロゲンが原因となっていることが知られており、このタイプの乳がんの場合は、手術後、長期に亘り(5-10年)ホルモン療法を行うことも乳がん治療の特徴です。事前の検査でホルモン療法が有効な(「感受性」が高い)方が対象となります。
また、分子標的薬トラスツズマブ(商品名「ハーセプチン」)が乳がんの抗がん剤治療で重要な地位を占めるに至っています。しかし、この抗がん剤も治療を希望するすべての患者さんに有効なわけではありません。がん細胞の表面にHER2(ハーツー)というタンパク質を持っている患者さん(全乳がん患者の20%前後)が治療対象になります。
乳がん治療は、いのちを守ることに加え、女性の人生に配慮した治療へと変わっています。残した乳房内にがんが再発する「局所再発」を少なくすることと、バランスのとれた美しい乳房を守るという観点から、乳房全摘手術を行ったのち、乳房再建することが選択される割合も高まっています。2013年から人工乳房(シリコン・インプラント)による乳房再建に保険が適用されるようになったことも、乳房再建までを含めた乳房全摘出術の増加を後押ししています。
乳がんの治療費と自己負担額
以下では、乳がんの治療選択肢のうち、まず早期がん患者を対象として、温存手術後に再発予防の抗がん剤治療・放射線治療・ホルモン療法を併用する治療を取り上げます。抗がん剤はトラスツズマブ(ハーセプチン)の使用が治療費に大きな影響を与えるため、トラスツズマブを使用しない場合とする場合とに分けて取り上げます。
さらに、早期がんで乳房全摘手術後に乳房同時再建を行うケース、進行がん患者を対象として術前抗がん剤治療後に手術、その後抗がん剤治療・放射線治療・ホルモン療法を併用する治療を取り上げ、治療費の構造と概算費用、および自己負担額の目安について解説します。
なお、がんの治療内容の大枠は、がんの種類にかかわらず共通しており、必要な治療費も、がんの種類よりもその進行度に大きく影響を受けます。早期がん、進行がんで見たがん治療の概要や治療費の構造については、まずこちらのページをご覧ください。→がんの治療費TOP
表記の「定期検査」は、手術や抗がん剤治療が終了した後に行うものを指しており、治療中に行われる検査等の費用は、治療費用の中に含めています。
差額ベッド代は一切含んでいません。
1 早期乳がん:乳房温存手術+術後再発予防抗がん剤・放射線治療・ホルモン療法(トラスツズマブ未使用)
この治療では、手術後、再発予防のために抗がん剤治療(ECとパクリタキセルの併用、その後、副作用からの回復を待って放射線療法を行います。放射線療法は、正常細胞へのダメージを抑えるため、1回1〜2分程度の照射を週5日、5週間程度かけて行います。抗がん剤治療終了後、事前の検査からホルモン剤の効果が期待できる場合、ホルモン療法に入ります。期待できない場合、ホルモン療法は行われません。上の例では、2種類のホルモン剤を組み合わせた(タモキシフェンとリュープロレリン)ホルモン療法を行うものとして治療費を計算しています。 1年目の自己負担額は53万円となります。抗がん剤治療、放射線治療、およびホルモン療法については外来で行うことを想定しています。ただ、抗がん剤治療の開始当初は、患者さんへの副作用を観察するために入院治療とする医療機関もあります。
2 早期乳がん:乳房温存手術+術後再発予防抗がん剤・放射線治療・ホルモン療法(トラスツズマブ使用)
トラスツズマブ(製品名:ハーセプチン)の効果が期待できる患者さん(HER2陽性)の場合、手術後の再発予防抗がん剤治療に同剤を加えます。そのため総治療費は跳ね上がります。しかしながら、上図のとおり高額療養費制度をきちんと活用することにより、トラスツズマブを使わない場合に比べての自己負担額の増加は30万円弱で収まるはずです。
3 早期乳がん:乳房切除術(全摘手術)+乳房再建(インプラント使用)
早期乳がんでも、しこりの大きさが4〜5cm以上の場合や、2つ以上のがんが離れたところにある場合などでは、がんがある側の乳房全体を切除する、乳房切除術が行われます。上記は、この手術と乳房再建を同時に行う「一次再建(同時再建)」を、人工乳房(インプラント)を使って行った場合の費用です。一旦乳房切除や治療を終えた一定期間の後に、改めて再建を行う「二次再建」という方法もあります。
最初の手術で、乳房切除と皮膚を拡張するためのティッシュ・エキスパンダーの挿入までを行い、数カ月後に胸の皮膚とその周辺組織が十分引き伸ばされた段階で、人工乳房と入れ替えます。
自己負担額については、2013年よりインプラントが保険適用となったため、高額療養費精度が活用でき1年目○円、2年目以降は定期検査のみで年間○万円程度です。
4 進行乳がん:手術前薬物療法+手術+術後再発予防抗がん剤・放射線治療・ホルモン療法(トラスツズマブ使用)
やや進行した乳がん(Ⅲa期)に対し、事前に抗がん剤で腫瘍を小さくし、その後切除手術、再発予防として術後の抗がん剤、放射線照射、ホルモン療法を行うものです。手術前後の抗がん剤治療にトラスツズマブ(製品名:ハーセプチン)が加わると総治療費が大きく上がります。高額療養費制度の活用により総治療費の増加と比較すると自己負担額の増加はかなり抑えることができます。
5 進行乳がん 抗がん剤治療
進行肺がんの抗がん剤の治療費については、本サイトの「抗がん剤の治療費」をご参照ください。患者さんの体重や身長により抗がん剤の使用量が変わるため、同じ治療を受けてもその治療費には差が生じることに注意が必要です。
- 参考文献
- ・日本乳癌学会 患者さんのための乳癌癌診療ガイドライン
- ・国立がん研究センターがん情報サービス それぞれのがんの解説「乳がん」