リンパ液の流れが滞ることで生じるリンパ浮腫
私たちの体には、血管のほかにリンパ管という管が全身に張り巡らされています。リンパ管にはリンパ液という無色透明(または淡いクリーム色)の液体が流れており、タンパク質や白血球を運ぶ役割をしています。
がん治療のための手術でリンパ節を取り除いた場合(リンパ節郭清といいます)や放射線治療でリンパ節やリンパ管が傷ついた場合に、リンパ液の流れが悪くなると、リンパ管に戻れないリンパ液が手や足の皮下にたまって「むくみ」や「腫れ」が起こります。これを「リンパ浮腫」といいます。
例えば、乳がんや子宮がん、卵巣がん、前立腺がん等では治療に伴いリンパ節を取り除く手術や放射線治療を行うことが多く、こうしたリンパ浮腫が患者さんを悩ませています。
リンパ浮腫の特徴と症状
リンパ浮腫は徐々に進行する慢性の病気で、がんの治療を終えてすぐに発症することもありますし、10年以上経過して発症することもあります。年数を経て発症した場合は、がん治療によるリンパ浮腫と気づきにくい場合もあり、注意が必要です。
リンパ浮腫は以下のような症状が表れます。
<軽度から中度>
腕や脚がむくみ、がんの治療前と比べて太くなります。腕や脚のだるさや重さ、動かしづらさ、疲れやすいなどの症状が出てきます。
<重症化したとき>
むくみが進行すると、皮膚が乾燥したり硬くなってむくみがひきづらくなり、ひじ、ひざ、手首・指・足首などの関節が曲がりにくい、動かしたときに違和感があるなどの変化があらわれます。蜂窩織炎(ほうかしきえん)という、細菌感染による合併症を発症することもあります。
リンパ浮腫の特徴として、一度発症すると治りにくく、放置すると重症化する可能性もあります。また、患者さんの外見や体形の悪化で、外出を避けるようになることから精神面でも悪影響を及ぼします。したがって、がんの治療に伴いリンパ節を取り除いたり、放射線治療を行ったりした場合には、その直後からリンパ浮腫の発症に注意し、もし発症したら次のようなケアを開始することが大切です。リンパ浮腫は完全に治すことはできませんが、適切にケアをすることで管理し、悪化を防ぐことができます。
リンパ浮腫の予防・治療
リンパ浮腫の治療法は、次の4つを組み合わせた複合的治療が行われます。
<リンパ浮腫の複合的治療>
1)スキンケア
リンパ浮腫の現れた手足ではリンパ液の流れが悪くなり、感染や炎症を起こしやすくなります。それを予防するために、皮膚を清潔に保つ、ローションなどを使用する、日焼けをしないといったスキンケアを行い、乾燥を防ぎます。擦り傷・切り傷、虫刺され、ペットによるひっかき傷などにも注意し、重いバッグをひじや肩にかけない、長時間正座をしないといったリンパ液の流れを悪くしないための日常生活での自己管理も重要となります。
2)医療用リンパドレナージ
手足から体の方へ向けてマッサージを行うことで、手足にたまっていたリンパ液を胴体に戻します。肩こりや腰痛の際に行うマッサージや、美容用のものとは全く別物の医療マッサージですので、皮膚の状態や他の病気の有無を診察したうえで実施すること、さらに必ず専門家による施術を受けることが重要です。最初は必ず専門家による治療を受け、その後自分でも行える「セルフマッサージ」の指導を受けることをお勧めします。
3)圧迫療法
圧迫療法は、医療用リンパドレナージでむくみや腫れが改善した状態を維持することを目的とします。弾性包帯とよばれる、しめつける力の強い包帯を浮腫のある手や足に巻いたり、しめつける力の強い、専用のストッキング、スリーブ(腕や足の一部をカバーする着衣)、グローブ等の「弾性着衣」でリンパ液の流れを改善します。起きて活動している間、こうした弾性包帯や着衣をずっとつけたままで治療します。
4)圧迫した上での運動
弾性包帯や弾性着衣をつけたうえで手や足を動かしたり、ストレッチ、あるいは水中歩行などの軽い運動をすることでリンパ液の流れを改善します。ウォーキングやジョギング等一般の軽い運動とは異なります。自己流でやらず、必ず、専門家のアドバイスを受けて行ってください。
その他、空気式圧迫療法、浮腫部分の外科手術による切除、体内の水分を減らす利尿剤の服用、漢方薬の服用等があります。米国リンパ浮腫ネットワーク(National Lymphedema Network)では、空気式圧迫療法や薬・サプリメントの服用はそれ単独では用いるべきではなく、必ず上記4つの基本的な治療と併せて検討するよう推奨しています。これらの治療は、必ず専門的な知識や技術を持つ医療者の指導のもとで行います。
なお、最近は、リンパ節郭清や放射線治療で切れてしまった微小なリンパ管と静脈を、顕微鏡を使ってつなぎ、リンパ液を静脈に流すことで浮腫を改善する治療(「顕微鏡下リンパ管細静脈吻合術」といいます)を行っている大学病院・形成外科もあります。但し、この治療法による効果も、患者さんによって個人差があります。
リンパ浮腫の治療施設
リンパ浮腫の予防は、手術の直後から考えておく必要があります。リンパ浮腫が発生するリスクを伴う手術(リンパ節郭清など)を受ける方について、手術前からリンパ浮腫が発生する可能性のある手や足の周囲の長さを予め測定しておき、手術後の浮腫予防と早期治療を実践している病院もあるそうです。
リンパ浮腫外来のあるがん診療連携拠点病院と、研修修了者が対応しているリンパ浮腫外来のある医療機関は、国立がん研究センターのがん情報サービスのウェブサイトで探すことができます。
リンパ浮腫の治療費
リンパ浮腫の治療については、従来、全く公的保険が使えませんでしたが、2008年4月より下記のとおり弾性包帯や弾性着衣について公的保険が使えるようになりました。さらに、2016年4月からは、リンパ浮腫の複合的治療が公的保険の対象となりました(一部の患者さんのみ。ご自身が当てはまるかどうかは、主治医にご確認ください)
弾性着衣(四肢のリンパ浮腫治療用)を購入したときの給付額
公的保険の仕組みにおいて「療養費」として分類されますので、一旦患者さんにて購入費を立て替える必要があります。その領収書を添えて後日保険者に還付請求を行うと、公的保険から購入費の70%程度が返ってきます。弾性包帯や着衣は衛生上交換が必要ですので、1回で同じものを2組まで購入できます。2回目以降は、前回の購入から6ヵ月が経過していることが必要です。
(例) 30,000円の弾性ストッキングを購入すると28,000円のものを購入したとみなし、保険者(健保組合や市区町村等)に後日申請すると28,000円の70%である19,600円返ってきます。20,000円のものを購入すると14,000円(20,000円×70%)返ってきます。
リンパ浮腫複合的治療の費用
リンパ浮腫の複合的治療(リンパドレナージ等)の治療費が、2016年より保険適用となりました(乳がん、子宮がん、卵巣がんの手術に伴うリンパ節郭清術を受けた影響で手足のむくみがあらわれ、リンパ浮腫と診断されている方が対象)。
治療費は1回につき、
- ①重症の場合:2,000円✕ご自身の保険の自己負担割合
- ②①以外の場合:1,000円✕ご自身の保険の自己負担割合
です。
医療機関での複合的治療の内容は、リンパドレナージや圧迫療法を行いながら、自宅で行えるケア方法の指導を受けます。数ヶ月に一度の治療頻度となりますが、その間何も治療をしなくてよいという意味ではなく、セラピストからセルフマッサージのトレーニングを受け 、次の通院まで日々それを自分自身で行うことになります。患者さんの状態により医師から推奨される運動がある場合にはそれも自分で継続します。数ヶ月に1度医療機関を訪問する際に、弾性材料を使った圧迫療法、セルフマッサージ、それに運動の効果を確認します。効果がきちんとあがっていればその方法を継続、効果が不十分であれば医療機関と相談し治療方法を修正するというサイクルを繰り返します。
顕微鏡下リンパ管細静脈吻合術の治療費
顕微鏡下リンパ管細静脈吻合術については公的保険が使えます。治療費総額は、概算で65万円程度(差額ベッド代や食事料等除く)です。